中島川とその石橋群(1)

こんにちは。水田です。

長崎市の中心部を流れる中島川は、江戸時代、大川と呼ばれ、水深は現在より深く、長崎港のオランダや中国の貿易船の荷を小舟に積んで、上流まで運ぶ重要な川であった。

この川に、寛永11年(1634年)に興福寺の僧・黙子如定によって石造アーチ型の『めがね橋』が架けられた。長い年月の間、何度かの水害で一部損壊はあったものの、現在もその姿をとどめており、日本最古の石橋として、国の重要文化財に指定されている。

その他にも、中島川には多くの橋が市民の手によって架けられた。しかし江戸時代には、これらの橋に橋名は無く、上流にある阿弥陀橋を1号橋とし、下流の鐵(くろがね)橋を10号橋とし、上流から順に番号で呼ばれていた。明治時代になって、やっと、西道仙によって現在の橋名が付けられた。

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