中島川とその石橋群(2)

こんにちは。水田です。

先週の中島川とその石橋群(1)の続きです。

中島川のほとんどの石橋は、寺町のお寺へ行くための参道として架けられたものです。

右岸の橋柱には、ひらがなで橋名が書かれており、左岸には漢字で書かれています。これは、お寺に行く時は、ひらがなしか読めなかった人が、お寺を参って帰る時には、賢くなって漢字が読めるようになったと言われていますが・・・・・?

中島川の石橋群のほとんどは、昭和57年(1982年)7月23日の長崎大水害で流出したり、一部損壊したが、現在は鉄筋コンクリート造や、鉄筋コンクリート造石貼などの新しい形の橋が水面に姿を映している。

重要文化財である『めがね橋』は、一部損壊したものの修復され、現在もその勇姿を留めている。